題目:イエスは涙を流された
本文:ヨハネの福音書11:1〜44
日付:2021年11月28日
説教者:川谷真平牧師

本文にはマリヤとマルタという二人の姉妹が登場します。この姉妹にはラザロという名の兄弟がいました。ラザロは病気で死んでしまいました。

マリヤはラザロの死を非常に悲しみました。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」(ヨハネ11:32)

マリヤはイエス様を愛していました。主が側にいて下さったなら、ラザロは死ななかっただろうに(どうして早く来てくださらなかったのですか)、という思いがありました。

マリヤは、イエス様が死んだ者を蘇らせる力を持っていることを信じるべきでした。それを信仰と言います。

イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」(ヨハネ11:25~26)

イエス様は、二人の姉妹が信仰を持つことを願っておられました。マリヤの中にはイエス様に対する愛がありました。愛は最も優れているものです。しかし、信仰がなければ、マリヤのように、死者の前で泣き崩れてしまいます。

私たちは信仰の道を歩むとき、マリヤのように辛くて苦しくて悲しい局面に立たされる時があります。その時、信仰を持ちましょう。主は、死んだ者を蘇らせる力を持っておられるお方です。信仰が私たちを力強く立ち上がらせます。アーメン。